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人は『無意識』に反応する

最近、動画で社会心理学者の加藤諦三氏が話していることに興味が湧き、よく聞いています。その中のお話にあった「人は無意識に反応する」について書いてみます。

加藤氏は現代人と心の病という動画の中で、世間一般でいう「良い子と言われていた子供」が恐ろしい事件を起こしていることについて話しています。

 

殺人や反社会行為を行う人の育ってきた環境というものを調べた時に、いわゆる例えば親がアルコール依存症だったとかで養育環境が良くなかった、と言われるものはもちろんあるのですが、良い親とされる例えば教師の家庭で教育熱心、などで環境は悪くないとされる家庭で育ち、品行方正で手伝いもし、成績優秀で真面目だったと評される人物が殺人などを犯す場合にはどのようなことが起こっているか、について言及しています。

 

加藤氏は恐ろしい事件が起きて、その加害者が昔は良い子だったと評される場合に「やっぱりね。」と思うのだそうです。

そのような行動をする人が子供の頃、品行方正、あるいは真面目、よく勉強する、といったものの「動機」に目を向けると明らかだと言います。

 

人に親切をする、これを望ましくないという人はいません。

ではこの誰もが望ましいと思われる「親切をする」ということがどのような動機があるのかということを考えていくと。

 

例えば、誰かに断られるのが嫌だから親切をする、というのがある。

とすると、この行動は相手に対する思いやりではなくて自分が嫌われるのが怖いからやっているこということになります。

例えば、学校のPTAで何かやる役があったとして、もちろん引き受ける方が親切なのですが

「あの人は自分のことしか考えない人よ」と言われるのが嫌だから引き受ける、ということもあります。

飲み会に誘われて、行きたくないけれど

「あの人は付き合いが悪い」

と言われたくないから付き合う。というのがあります。

 

要するに、やっている行動は親切、人当たりが良いものですが動悸は何かと言えば「恐怖感」です。

いろんなレッテルを貼られるのが怖い、仲間はずれにされるのが怖い。

「親切」の本来の意味の「思いやり」とは全く違います。

同じ行動でも人は全く違う動機でそれをするのです。

 

親切によって注目されたい、チヤホヤされたい、良い人と言われたい人もいます。

これはやはり思いやりではなく、寂しさから親切をしているということになります。

 

挨拶に関しても同じことが起こります。

挨拶は本来は「私はあなたに心を開きます」という意思表示や、相手の存在への承認という意味があります。

 

しかし例えば、政治家が熱心に挨拶をしているのは票が取りたいという動機からです。

 

私が小学校の頃、挨拶をするということが目標になっていたことがありました。

道で出会う人全てに、私は挨拶をしていました。

でもこれは良い子に思われたかっただけです。

道ゆく人に心を開いたわけでも、相手の存在を承認する気持ちからでもありません。

 

自閉症の息子が幼稚園に通っていた時のこと。

息子はよく意味がわかっていないことはしたくない、というのがありました。

挨拶はその一つでした。

ちょっと厳しい先生が息子に何度も

「おはようございます。はないのかな?おはようございますと言いましょう。」

と話しているのを見ることがありました。

 

息子はそれを聞いて嫌な気分になっている様子で、その先生を睨みつけながらガンとして挨拶しませんでした(笑)

その時息子はどうしても合わなかった保育園をやめ、やっとの思いで合いそうな幼稚園に転入できた、という段階です。

挨拶のせいで園に行かなくなってはしょうがないと思い、モンスターペアレンツと思われそうなことを承知で

「挨拶を無理にさせないでください。」

と園に頼みました。

 

予想通りモンスターペアレンツのような扱いになりましたが(汗)、息子はいつも機嫌よく園に通えるようになりました。

その後も、親から挨拶をしろと言ったことは一度もありません。

 

そして中学1年になった現在は、家族の誰よりも上手に挨拶をします。

私がなかなか苦手な年始の挨拶などもスラスラで、ボルダリングから帰る時などは先生が見ていなくても

「お先に失礼します!ありがとうございました!」

としっかりと挨拶して帰ります。

 

言われてできるようになるのではなく、人の動きを見てするようになるのが挨拶。

なので親御さんが本来の意味でしっかりと挨拶できていれば、時が来れば子供は自然とするようになります。

 

ですが目線が合いにくいタイプの発達障がいのある人や、恥ずかしがり屋で人の表情をしっかりと見ない子供というのは表情や動きから気持ちを理解することが難しくなるため、挨拶は苦手になることが多いです。

 でもそれはそういう特性があるというありのままの姿です。

社会規範として無理に覚えこまそうとすると自己評価を下げる一因ともなります。

挨拶は模範となる親が丁寧に行なっていれば、子供に対しては放っておくのが一番です。

 

話を「加害者の育った家庭が教育熱心である場合が多い」というところに戻します。

加藤氏は良い親について次のように言っています。

 

子供がある日、隣の家に遊びに行ったらお夕飯をごちそうしてもらった。

そこの家のご飯がとてもおいしかった。

そうして子供が家に帰ってお母さんに

「隣の家のご飯の方がお母さんの作るご飯よりおいしかった。」

と言えること。

 

本当に心理的に自由で、自分はこの親から見捨てられることはないという安心感がある場合にはこういうことが言える、と加藤氏は話しています。

逆に親が気にいることしか言わない子供というのは、見捨てられるかもしれないという恐怖感を常に持っている、と言っています。

 

親から見捨てられるかもしれない、という恐怖感は子供の行動に絶大な効果があります。

ここからは私の話です。

 

現在78歳の私の母は早稲田大学卒、俗に言うインテリで非常に教育熱心でした。

私は4人きょうだいで勉強ができる姉と弟に囲まれていました。

母は何か子供が気に入らない行動をとるとすぐに

「じゃあもうご飯は作らない」

「じゃあもう家にはいさせない」

「じゃあもうOOは買ってあげない」

と脅迫する恐怖政治を行なっていました。

しかもめちゃくちゃ怖いのです。

いつも母の顔色を伺って話をしたし、言う通りにしなければ見捨てられると感じていました。

 

母が中学受験に目をつけた時、小学2年だった私はその的になりましたが母の思うようにできず、一つ年下の弟が隣でその問題を解いてしまうということがありました。

そうして母が

「さっちゃんはお勉強は全然ダメだからピアノしかないわね。」

と言いました。

私は母に見捨てられないように、この世の中で生きていけるように、他のきょうだいより見てもらえるようにとピアノを頑張ったのです。

 

ブルブル震えて時には泣いてしまうほど怒られるレッスンなんて、誰でも無理です。

でも、母が

「あの先生は素晴らしい。」

といつも言っていたのでやめたいなどとは言えませんでした。

 

ピアノしかないと言いながらも、学校のテストで90点以下を取ってくると

「もう少し勉強したほうがいいわね。」

と勝手なことを言ってくる母の言う通りに、私は小学校は体育以外は教科全て「5」、中学1年、2年の半ばまで体育以外は「5」をとる優等生を演じました。(それ以降は不登校ですが(笑))

 

見捨てられるという恐怖は、母から認められたいということを優先にし自分がしたいと感じることを無視し、結果的には自分の人生を歩めないことに繋がりました。

母は望むような結果を出せなかった私に対し、大学に入る頃にはすっかりピアノ熱から冷め

「早く結婚しなさい」

と言い始めます。

 

私は自分がしでかしてしまった受け入れたくない事実を目の前にしました。

自分の人生を生きてこなかったことに気づいたのです。

 

自分でしか責任が取れないこの事実に体がまるでバラバラになったような気持ちになりました。

長年恐怖にさらされた結果としてさまざまな神経障害も発症していました。この精神状態では音楽の世界では生きていけないと感じ、音大卒業後に一般企業の会社員となリます。

 

ちょっと寄り道ですが、恐怖感からやっていたことでも一つわかったことがあります。

それは長く続けていくと物事に対する理解が深まり、好きと思っていなかったことでも楽しいと感じるようになる、ということです。

今の私はとことん追求した先にあるピアノの楽しさ、音楽の奥深さというものに支えられています。

 

ありのままの自分を生きることができなかった抑圧された感情というものは消えません。

神経系の症状に悩まされることになりますが、ずっと苦しかったこのことから解放してくれたのは脳科学を応用した動きのメソッド、フェルデンクライスでした。

 

加藤氏は不適切な自己評価を復活させる方法には辿り着いていなさそうでしたが、フェルデンクライスはそれを明確にしていました。

自己評価は身体イメージと繋がっています。

体のイメージが正確な形ではっきりとすればするほど、自分というものがはっきりとし、薄ぼんやりとしていた感覚が目覚め、自分が本当にしたいことがわかってきます。

 

フェルデンクライスと出会ったおかげで、私は親により消化できずにいた抑圧されていた感情を何とかなだめ、地に落ちていた自己評価を本来の姿に戻すことができるようになってきました。

 

ようやく話の終わりに近づきました。長くてスミマセン。

同時多発テロを引き起こしたオサマ・ビン・ラディンは、青年時代、誰からも「真面目で勉強ができ、手伝いや人の世話も良くする非常に良い若者だった」と評されたそうです。

そんな若者が後に世界を壊そうとした理由は、真面目、勉強ができる、手伝い、人の世話がどのような「動機」から来ていたのか、そこを考えれば想像はできると思います。

 

そして、加藤氏が言った言葉

「人はあなたの無意識に反応する。」

これは心理学者が言った言葉だそうなのですが、名前が思い出せず。

「無意識」とはすなわち、ここで言う「動機」のことです。

 

本当にお礼の気持ちを持った「ありがとう」は良い気分になります。

形式的に行われた「ありがとう」は良い気分にはなりません。

 

人の無意識(動機)には人はちゃんと反応します。

子供の生徒さんから「こんにちは」「ありがとうございます」のような挨拶がなかったとしても、その気持ちを持ってくれていたらちゃんと伝わっています。

指導にあたって

当時、講師かなざわの1歳の息子がピアノで楽しそうに遊ぶ姿に感激しました。これは、その当時のかなざわにとってピアノは『楽しい』ものではなくなっていたからです。

 

人は本来、ピアノが楽しくないとか苦手だとは思いません。しかし、ピアノが苦手で楽しくないと感じ、結局は諦めてしまう人は多いのが現実です。それを変えたいという思いが、ピアノ教室を立ち上げる原点となりました。

 

お子様にピアノを習わせたい親御さんや、自分自身がピアノを学びたいと思っている大人の方々は、レッスンに何を期待されていますか?

私がピアノを習っていた当時は「上手い」ことが全てでした。

それは音大に入っても変わりませんでした。

 

しかし社会に出て「上手い」人に価値があるというわけではない、ということがわかりました。

それはとてもショッキングなことでした。

そこにたどり着けば上手くいくものだと思って努力していたからです。

これは勉強,就職に対する考え方と同じだと思います。

 

『上手い』演奏は目指しません。

ピアノレッスンそして練習というプロセスを通して『質の良い学び方』を学びます。

「結果」は、『学んだ』後に勝手についてきます。

練習、学びの質が良ければ自然と「上手い」演奏になるかもしれません。

 

 私が準備できるのは、まずは何度でも間違えられる、どのような弾き方でも批判を受けない、つまり「安全だ」と感じる環境を作り生徒さんが本来の力を出せるようお手伝いをすることです。

音楽は非常に歴史が深く人間の叡智が宿っています。

それを演奏する楽しさというのは格別です。

しかし、やり方を誤ると体を傷つけます。

 

私自身が、小学校高学年の頃から体の痛みに苦しめられることになりました。

30代を過ぎてからは治療法の確立されていないフォーカルジストニアという脳神経の難病を発症しています。

痛みや病気の発生はその取り組み方にありました。

 

努力や根性、厳しい訓練がもたらす弊害を、ジストニアをきっかけに始めたメソッド「フェルデンクライス」から学びました。

フェルデンクライスは脳の可塑性を利用した科学的なメソッドです。

動きを通して脳を活性化します。

 

根性論でなく、何か有名な教育書に書かれているからでもなく、ただ脳がどのようにしたら活性化するのか、よりよく学べるのか、それをフェルデンクライスは体験をもとに気づかせてくれます。

 

私の指導の源はそこにあります。

指導とは、その演奏を成しとげるための『新しい選択肢』を提示するものです。

『理想』はおしつけません。

一人ひとりに寄り添い、 その人らしい演奏を尊重します。

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